自分史

近況・その3 (2003年8月)

 開戦か否かの瀬戸際で訪れていたイラクを後に、砂漠のハイウェイをヨルダンのアンマンまで走り、まだ時間ではないとなかなか入れてくれない搭乗カウンターの若者とすったもんだしていたのだが、後に毎日の記者がクラスター爆弾の不発弾を爆発させたのがこのカウンターで、ひょっとしたら死んだのは彼だったのかもしれないなぁなんて思ったりするといたたまれなくなってくる。

 当の記者くんの一生をかけて償うという言葉通り、背負いきれない罪の重荷を背負った彼の背中に非難の言葉を投げつける気持ちなどさらさらないが、あれが搭乗カウンターでなくて飛行中の貨物室の中で爆発していたらと思うとゾッとする。

 しかしひとりの死を問われた事件と比べ、膨大な死者数をいまだに出しているにも関わらずイラク戦争の中では人命が軽く報道され、朝のニュースが終われば、昼には忘れられていく。どんどんと安っぽくなっていく反戦・平和の言葉とともに命の値段もデフレに準じているようだ。

 国連を無視してイラクに侵略したアメリカ、がいまになって国連に助けを求めて来ている。“ふざけるんじゃねぇよ”でしょ。

 ベトナムで泥沼にハマったアメリカは、木村三浩(一水会)に言わせれば、イラクでは

アリ地獄にハマっていくのだろう。

 そんなところへ侵略軍に加担して自衛隊を送りこむという小泉さん。その一点だけでオ

レはあなたに反の字です。

 歴代大統領の中で、IQ最低のブッシュとの約束がどんなものであったのかは知らないが、少なくとも国を守ろうという若き純粋な自衛官を無駄死にさせないで、天下り官僚どもをまとめてイラクに放り込んだらいかがでしょうか。よっぽど日本の未来の為になると思いますが・・・・ 。

(2003年8月)

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