自分史

近況・その12 (2005年1月)

“PANTAを仙台に呼ぶ会”の皆様の尽力で、四年目になる恒例の仙台でのライブを、昨年11月に敢行しました。

 毎回、事前に何かトラブルが起きるのが常なのだが、今回は目立った障害もなく、思い切り出来たというのが正直なところ。

 今回はアストン・マーチンV−8で東北道を走って行きたかったのだが、琢己と二人だけでアコースティックでやるということもあり、楽器車に相乗りということになり、それだけがちょっと残念♪

 念入りなリハーサルをして行ったつもりではあるのだが、“ネフードの風”と名付けられたこのライブのタイトルソングでもある、アルバム「マラッカ」に収められている“ネフードの風”を筆頭に難曲が目白押しであった。

 いつも演りたいという気持ちだけが先走って後先のことを考えないので、こういう風に自分の首を絞める結果になってしまうのだが、そこはそれ、自分にプレッシャーがかかればかかるほど緊張感も増し、集中力も高まるので必然的に密度の濃いライブになるというものである。

 バンドではないけれど、久しぶりに“朝を呼ぶ男”なども演ってみたのだが、意外だったのは劇団不連続線シリーズの“見知らぬ友への反鎮魂歌”であった。

 リハーサルも含め、何気なく唄ってはいたのだが、いざ本番で歌ってみたら、この歌詞がグイグイと身体の中に突き刺さってくるのだ。

 頭の中では、有名な「○○事件」のことが思い浮かび、唄っていて、まるで自分が現場にいるかのような、そんな気持ちになってしまい、何とも言えない悔しさと悲しみとやるせなさ、それを乗り越え、かつまた熱いため息の入り交じったような不条理な感情に包まれ、歌い終わった後も、悲壮感なのか悲泣心なのか、どう表現していいかわからなくて、思わず「いやぁ、この詞は来てしまいますねぇ・・・」と言葉に出すのがやっとであった。

“落ち葉の囁き”は、本当は役者さんの台詞のところを自分で台詞を吐き、かつての芝居での本当の原型として再現出来たことが、すごく嬉しかった。


 本編最後の曲として、久しく演ることのなかった“あばよ東京”を唄おうと思った。

 これはオレにとっても、一緒に演るミュージシャンにとっても特別な曲である。

 頭脳警察の曲なのではあるが、音楽的にどうこうというわけでは決してなく、生半可な気持ちじゃやれねぇぞっという気持ちが、演る人間の中に自然と生まれて来てしまう、そういう念力(ねんりきではなく、ねんりょく)をこの曲は要求してくるのである。

 故に、この曲を演るときは、他の曲とは別格として扱わなければならない。

 絶対にライブの後半などの気持ちの高ぶりの流れに乗って安易に流されてはいけない存在なのだ。それまでの流れをいったん自分の中で断ち切り、いわゆる無の境地というものに近いのかもしれないが、頭の中を空にして、ひと呼吸、そしてふた呼吸・・・一瞬の間ではあるが、この曲に立ち向かう為の心の準備が必要とされる。

 そして、これはもう“気”というしかないのかもしれないが、その“気”が静寂の沸点に達したときイントロのフレーズにピックが振り下ろされるのである。

 繊細に、そして大胆にその世界に入り込んでいき、静観から達観へ、熱い絶望、そして凍りついた火のように唄が閉じられていく・・

 詩が終わり、言葉さえももどかしく、愚かしく感じてしまうような、希望とも哀しみともつかないCodaの世界へとギターのソロが美しくも破壊的に引き継がれていき、それは自我さえも大気と同化してしまうかのように終わりの見えないエンディングへと向かって突き進んで行く。

 そして、全身火だるまになりながら、“気”が昇華したときにこの曲はどこからともなく聴こえてくる誕生を示唆するような温かい囁きに導かれ、また終焉の静寂へと舞い降りていくのである。だからこの曲は最後なり、アンコールでしか出来ないのだ。


 東京でのリハーサル中、何故か急に'88年に「P.I.S.S」で松原みきさんとデュエットした“One Night Lover”をやりたくなり急遽メニューに付け加えた。あまりこういうタイプの曲は喜ばれないかなと思いながらも、マッたまにはいいじゃんという気持ちでアンコールで演ってみた。

 キーを一音低くしようかという案も出ていたのだが、いや、レコーディング時に松原みきと唄ったのと同じキーでやろうということに落ち着き、結果、抑えたところと張った部分の対比が明確に出て大正解であった。

 そして、その松原みきの死を知ったのは、仙台のライブの一ヶ月後であった。※

 笹塚に住んでいて、遊びに来てと言われていて、一度もお邪魔出来ずにいたのだが、気にはなっていて、今更ながらに、せめて、もう一度だけでも、彼女と唄ってみたかった・・・

合掌

※2004年11月7日永眠 享年44歳


追加:最初はファンクラブが仕切ってくれたバースデイライブから始まったこの琢己とのギター二本のユニットなのだが、仙台でも再現し、なかなかいいじゃないかという確認が出来たのも、大きな収穫である。

 そんなわけで、このスタイルでちょっと回ってみようよということになり、今年の三月には全国数カ所でやってみたいと思っている。

“漣(さざなみ)・・Pf ロケット・マツ、Vl 阿部美緒のトリオ”、“陽炎(かげろう)・・ソロからHALまですべてやれるフル編成のバンド”、“朧(おぼろ)・・G PANTA&Bass、Drsのトリオ”すべてオレが勝手に仮の名前(駆逐艦名)をつけているだけだが、まだ“漣”しか形に出来てはいない。

 このシリーズの中で琢己とのユニットを名付けるとすれば、さながらPT(魚雷艇の呼称)になるのであろうか・・綾波なんて名前にしちゃうと、どこかのエヴァンジェリストたちを喜ばせてしまうので、それは避けるとして、差し当たってPT−109(かのジョン・F・ケネディが若きし頃、太平洋戦争中に指揮していた艇で、日本の駆逐艦”天霧”に激突され艇を真っ二つにされた)とかでもなく、PT−05とかって名前にしようかな・・?

 魚雷艇(水雷艇)は小っちゃいけれど、でっかい大編成のロックバンドを撃沈する破壊力を持ってるぞってことで・・・・

 頭脳警察のニューアルバムも延び延びになってるし、ソロのニューアルバムも出したいし、鈴木慶一とのPKOもやらねば“氷川丸”という曲も日の目を見せてやれない。

 前述のように「P.I.S.S」(小便)というアルバムを以前出したので、次は「KAKA」(クソ)というアルバムで、いままでの未発表曲を宿便みたいに全部出してしまおうというのも20年くらいなおざりになっている。

 さあて、今年は忙しそうだ♪

(2005年1月)

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